「死刑囚最後の日」という小説

ヴィクトル・ユゴーが書いた小説です。なぜ、ヴィクトル・ユゴーかといえば、中江兆民がフランスに留学していた時に愛読していたのがヴィクトル・ユゴーだったというので図書館で探して借りてきたのが表題の本です。

「死刑囚」という文字に目が止まったのは昼のニュースに名前を出してほしくて死刑執行の書類にハンコを突くという法務大臣がいるらしいというニュースがあったりしたことの影響もありそうです。

1832年に校了しています。日本では天保3年です。中江兆民が生まれる15年前です。

フランス革命において受刑者の苦痛を和らげる人道目的で採用され、以後フランスでは1792年から1981年まで使用された。

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ギロチンは人道的目的のために作られたのだそうで、それ以前は斧や刀で切りそこなったりすることがあって何度も切りつけるなど、残酷な刑であったのをジョゼフ・ギヨタン博士が提案してギロチンが採用されたのだそうです。

1981(昭和56)年まで使用されていたようです。

日本では首切りの専門職として山田浅右衛門という名前で8代目が最後になったようです。最後の斬首は明治14年のことで、そこから以降は絞首刑になって現在まで続いています。

小説のストーリーは死刑になるような罪を犯したであろう主人公が獄舎で死刑のこと、ギロチンのことなどに自己の考えを述懐していきます。

国家は司祭、国王、そして死刑執行人で支えられていたけれど、まず、神々が去った。そして国王が去った。そして「死刑執行人が去った」という声が起きるときが近づいているという抱負が語られています。

このようにして、旧社会は崩壊していくべきだ。だからといって秩序が崩壊することなどないだろう。犯罪は病気であって裁判官にとって代わって医者が登場すべきであり、徒刑場に代わって病院が役割を果たすべきだ ということのようです。

日本では神々はずいぶん昔に去っているし、国王もずいぶん昔に去っているけれど、死刑執行人はいまだにいるというのは、旧社会の名残が残っているということになります。なぜ、旧社会の名残として死刑執行人が残っているかというと、おそらく秩序が崩壊してしまうからなのでしょう。

文明は一連の変化を伴うとユゴーが言っています。旧社会の制度がそのまま残っているということは、そこの部分において文明に変化が求められていないということなのでしょう。

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