「枕草子」が描いた世界《其の19》
995年に関白・藤原道隆は死去する。16歳の一条天皇は「藤原道兼」を次の関白に選んだ。枕草子を読む限り、道隆の子である伊周は、定子の兄ということもあって、一条天皇の兄のように接してきたし、漢文の指導もしてきた。 しかし、 […]
「枕草子」が描いた世界《其の15》
993(正暦4)年、藤原伊周が定子に紙を上げる。その半分は、帝(一条天皇)に献上していた。定子がもらった紙があったので「枕草子」が書かれることとなる。 定子に原子という妹があり、原子は東宮の居貞新王(三条天皇の東宮時代) […]
「枕草子」が描いた世界《其の18》
藤原定子の父である藤原道隆は大酒のみであった。「大鏡」には、下賀茂神社で2升くらいの酒を飲み、牛車の中で寝ているうちに上賀茂神社に着くと、酒に酔っている風にも見えなくしゃっきとしていたというような記述もある。 淑景舎とは […]
「枕草子」が描いた世界《其の20》
「其の19」で「宮中を出て400メートル南に行った「朝所に移る」としたのは、定子が喪中だからとしたものの、実際には関白・道隆が死去したことにより冷遇がはじまっていたということ。 屋のいとふるくて、瓦ぶきなればにやあらむ、 […]
「枕草子」が描いた世界《其の07》
16か17歳の藤原定子は、清少納言を女房にしたのには、明確な理由があったはずである。 清少納言の父親である清原元輔も歌人であったし、祖父の清原春光に関しては詳細が不明となっているが、曽祖父の清原深養父は、勅撰歌人であり勅 […]
「枕草子」が描いた世界《其の10》
207段は「笛は横笛、いみじうをかし」で始まる。 遠くから聞こえて、だんだん近づいてくるのもいいし「近かりつるが、遥かになりて、いとほのかに聞ゆるも、いとをかし」とし、懐に携えていつでも吹けるようにしているようなしゃれた […]
「枕草子」が描いた世界《其の16》
五月ばかりなどに山里にありく、いとをかし。草葉も水もいと青く見えわたりたるに、上はつれなくて草生ひ茂りたるを、ながながとたたざまに行けば、下はえならざりける水の、深くはあらねど、人などのあゆむに走り上がりたる、いとをかし […]
「枕草子」が描いた世界《其の05》
32段の「小白川といふ所は」には、たくさんの登場人物が出てきます。小一条の大将殿のお屋敷が主なる舞台になります。この大将とは藤原済時のことです。この藤原済時に関しては「大鏡」にもエピソードがいくつかあって面白いのですが、 […]
「枕草子」が描いた世界《其の11》
207段は「笛は横笛、いみじうをかし」の続きになる。一条天皇が笛や琴をたしなんだのは、単なる趣味ではなかった。 『権記』長保五年(1003) 六月二日。庚申。参内。阿波国前々司忠良・前司安隆等の過を定め、(日給の簡から) […]
「枕草子」が描いた世界《其の17》
紫式部は、清少納言の「枕草子」を熟読していた節が、散見される。 屋の上は、ただおしなべて白きに、あやしきしづの屋も雪にみな面隠しして、有明の月のくまなきに、いみじうをかし。 白銀などを葺きたるやうなるに、水晶の滝などいは […]