「遅く考える」もとい、「遅く結論を出す」

『遅考術』(ダイヤモンド社)という本が出版されているのだそうです。遅く考える思考法なのだとか。ポイントは、「最初に思いついた仮説に飛びつかないこと」。

最初に思いついた仮説に飛びつかず、それ以外の因果関係を考えてみることで間違った主観にとらわれないようにすることができるわけです。

「深く」考えることと「早く」考えることは基本的に違うことにあります。

テレビなどを見ていると「早く」考えて意見を言う人が、傍目では頭がいい人のように見えますが、実際には違うことが多々あります。

思い出せば小学校のころでも、本当に優秀な人間は饒舌ではありませんでした。また、ある施設での経験ですが、IQ測定不能だからといって会話をすればとうとうと理屈を述べます。

また、IQ測定でも動作性と言語性があるようで、仮に、その数値が高いからと言って創造性が高いわけでもなさそうだし、世の中が変わるような理論が生み出せるわけでもなさそうです。

こういう経験をしました。ある人材が派遣会社から大手のソフト開発会社の面接に行きました。面接官から課題を出されて、即答しなかったために面接で落とされてしまいました。その派遣会社に、通常なら落とした理由など連絡があることはないところ、その人材に関して「あの人はダメ」とわざわざ連絡をしてきたそうです。

思い付きで開発の要点を伝えたとしても、その背後で組まなければならないロジックやデータの遷移、ステータスの判定などまで思いが至るかによることは多々あります。その人材を知っていたのですが、確かに何か聞かれても答えが遅いように見えますが、かなり深いところまで思考しているような人材でした。

逆に「ネズッチ」のような芸人もいて、おそらく言語思考の脳内のネットワークの形成が尋常ではないのだと思います。ゆえに芸で飯が食えているのだと思います。

片や弁護士時代にタレントになり、常に人とは異なる見解を出してから理屈で埋めるようなことで一世を風靡して、後に政治家になった人がいます(いまは、コメンテータ鴨)が、あの論法も、ほぼほぼ「芸」の域でしかなく、相手をやり込め封殺することができる手法を独自に脳内に形成してるだけのような気がします。

逆に何か聞いても、まともな返答になっていないのに、実はその思考が深い人もいました。

要は深く考えること。何か思いつくと、そこを前提に素早くしゃべろうとしないで、もっと様々な状況を考えるようにしていくことが大人の解決のように思います。

自分に主張があるように、相手にも主張があります。相手の主張を不うだつするような論法は、相手に遺恨を残すし、相手の心に傷をつけることもあります。そこまで、思いを至らせながら会話をしていくとするなら、自ずから「深く」考える人こそが、善良であり、知性豊かな人なのだと思います。

「深く」「多面的」に考えるような習慣を身に着けることは、自分を充実させることができると思います。