お金で買えるもの

市場とは「売り」と「買い」がバランスする場所になる。売るものがあっても買いがなければ成立しない。買いがあれば成立するのが市場とするなら、何が売れるであろうか。

自由診療の医療はお金で買える。上野の花見で暇な人にお金を払って場所取りをしてもらえる。CO2をたくさん排出する国が、排出しない国から権利を買うことができる。

イヌイットはセイウチの狩猟が許されている。その権利をお金で売って肉と皮はイヌイットのものにすることをカナダ政府は許可した。イヌイットは猟することなく獲物を手に入れ、その上、猟をする代金を受け取れる。

ライフセトルメント(life settlement)」という業態がある。

売り手は解約返戻金よりも高い一時金を受け取り、買い手は保険契約者に代わって保険料を支払う代わりに、被保険者の死亡時に保険金を受け取る。

自分がかけてきた生命保険を解約した場合の約4倍で売却をする。買い取った会社は継続して保険料を払い続け、被保険者が死亡すると保険金を受け取ることができる仕組み。被保険者が死亡しないと儲からない。保険を買い取ったらなるたけ早くに死んでもらえれば企業としては儲けになる。

市場原理としての「善」は「儲け」だけになるが、同時に、売るものと売る人がいなければ市場は成立しない。

それは「株」だろうが「為替」であろうが、基本は同じである。

日本ではいまだに脳死だけを「死」としていないため、臓器移植が先進国としてはとても少ないので、お金を集めて外国で手術を受けることとなる。当然、積み上げる金額によって優先順位が変わるので、日本の患者が移植を受けるならば、順序が一つ下がる患者がいることとなる。

「正義」や「道徳」を振りかざすことは簡単であるが、市場原理はもっと簡単で、積み上げるお金の額で物事が決まっていく。

しかし、この市場原理ではお金がある人と、無い人とで生活の可能性が大きく変わってくる。昔は売るものが少なかったため同じ階層に所属していれば同じような生活であったが、今の世は売るものがあふれているため、お金を稼げばそれだけ生活が豊かになる。よって、人々はお金のために勉強をし、お金のために職業を選び、人より少しでも効率よくお金を稼ごうとすることとなる。

つまり、民主主義による自由によって資本主義が形成されるものの、資本主義の度が勝れば貧富の差が明確になり、実態は全体主義とさほど変わらなくなっていくことは宿命と言えそうだ。

当然の帰結として人々は「お金」の奴隷となっていく。