オノマトペと日本語

オノマトペ」は古代ギリシャ語を由来とする英語とフランス語から日本式の発音にしものだそうです。

ようするに「擬音語」「擬態語」の総称だそうで、動物や物が発する音を文字化したり、音がない雰囲気や状態を表現するのに使っていると説明されています。

ビジネス文書に「オノマトペ」をなるたけ使わないと書かれている記事もありました。
例えば、

しっかり確認する」 → 「正確に確認する」「十分に確認する」。

だんだん拡張してきた」 → 「次第に拡張してきた」

きちんとした裏付け」 → 「明確な裏付け」

とこんな具合です。
次に「オノマトペ」を目にしたのは「驚くべき日本語」という本の中に登場します。

驚くべき日本語

「オノマトペ」は、擬態語、擬声語、擬情語の総称なのだそうです。
wikiによりますと、

擬音語

擬態語

など。

擬態語


擬態語

など。

このオノマトペの達人は宮沢賢治なのだそうです。

宮沢賢治

wiki「宮沢賢治」にリンク ↑
ちなみに、宮沢賢治のオノマトペの使い方を徹底的に拾いだして有るサイトも見つけました。

宮沢賢治のオノマトペ

「宮沢賢治の作品に見るオノマトペ」にリンク ↑


宮沢賢治のオノマトペ集」という本も出ているようです。それぐらい、宮沢賢治はオノマトペを使っていて、その上で、とても日本語を美しくしているとのことですが、これは主観によります。

オノマトペを上手に使うことで、自然との融合を果たせる日本語の美しさに驚く外国人もいます。

驚くべき日本語」という本の中で、日本語の素晴らしさを解説してくれていますが、ワタシは端的に「表意」性に尽きると思っています。

漢字の意味性を煎じ詰めた上で、新たに取り込まれてくる外来語(主として英語)を、最適な漢字で再構成して造語できる言語の能力と、造語する幕末期から明治期の先達のお陰です。

グローバリズムという流れに沿って日本語が希薄になっていくのか、漢字言語文化として中国と共存していくのかは、ワタシには分かりませんが、漢詩という文化、オノマトペという文化は、日本人が日本語で思考する上で重要な要素であることは間違いがないところです。

言語的に思考するのは人間だけです。「考える葦」と言った人もいます。ハンナ・アーレントによれば、他の動物にはない思考力は、知識を積み上げるために有るのではなく「何をすべきか」「何をすべきでないか」を熟考するためのものだそうです。

成熟日本の取るべき道は「専守防衛」なのか「敵地攻撃能力の充実」なのかは不明です。集団的自衛権と言いながら、頼みの綱のアメリカは、大統領次第です。

ワシントン条約で軍縮を約束した内閣を統帥権干犯で攻撃し、軍拡に走った結果は自明でした。

浜口雄幸を理想主義という人もいます。かといって統帥権を持ちだした人々が現実主義だったのかは、もう一度考えてみたい視点です。

「浜口雄幸と永田鉄山」という本を読みました。どちらが正しいのかは視点によって異なると思います。ワタシには浜口の理想と現実、永田の理想と現実があったわけで、いい悪いは別にして、今の政治に最も欠けているのが「理想」と「現実」の火花が散るような相克じゃないでしょうか。

「火の玉になる」という人もいますが、どこも発火していないことは自明で、むなしい言葉だけの人がリーダーである現実にがっかりさせられています。