三星堆と銅鐸

中国は四川省。成都の北にある三星堆遺跡から出土した青銅と日本で発見される銅鐸の成分が一致しているとのこと。

三星堆のある場所を地図で示すとこんな感じになります。

この遺跡となった文化は「上限を新石器時代晩期(紀元前2800年)とし、下限を殷末周初期(紀元前800年)と、のべ2000年近く続いた」とwikiに書かれています。殷が宋に滅ぼされ、戦国時代へと突入していくことで、紀元前4世紀ころに殷の末裔で宋に滅ぼされた人たちの中から老子や荘子が生まれてきます。

上海から真西に約1600キロ。おそらく朝鮮半島から日本へ伝わったのだと思います。

何のために銅鐸を担いではるばる日本に来たのかしるよしもありませんが、「古代出雲を掘る」と言う本を頂いたので、今読んでいる「荘子」をある程度、カタを付けたら着手しようと思っています。

宇宙だの量子だとAIだのと、頭の良い人たちにとっては現代は魅力的な時代なのでしょうけれど、地図と悠久の歳月を考えると古代の人のほうがよっぽど「ロマン」に満ちているような気がします。