仁徳天皇陵

その昔、岡山に行ったとき、古墳があるとのことで見物に行ったら、ただの林というか小山でしかなかった。箸墓古墳だって、古墳と言われているからそうなのかとも思うけれど、知らないで行ったら、ただの池と小山でしかない。

大阪にはかの有名な仁徳天皇陵がある。天皇陵と言いながら、被葬者は不明。宮内庁が「仁徳天皇」にしようとしたことのようだ。

仁徳天皇のお父さんから無理やり継体天皇につないでいるのが分かる系図ですね。25代の武烈天皇に関しては、日本の天皇であるにもかかわらずしこたま悪口の言い放題で、こんなことでいいのかと思うほどですが、26代継体天皇を作り出すためには、25代武烈天皇を貶めるしかなかったのでしょう。

誰が考えても、25代と26代に間で権力闘争があったことは明らかで、そうでもなければ武烈天皇をここまであしざまに後世に伝える必要がない。

仁徳天皇陵も、いまだどの天皇陵なのか確定できないのは宮内庁が調査を許可しないからで、16代、17代、18代の天皇陵が入り混じっていて確定することができていない。

仁徳天皇のエピソードとして「女好き」が言われているけれど、昭和天皇になるまで側室は当たり前だったから、特に仁徳天皇だけが女好きだったわけでもない。女の側からすれば天皇のお手付きになり、男の子を生んで、万一その子が天皇にでもなれば一族繁栄の礎になるのだから、チャンス到来であったわけだ。

それより、庶民の竈(かまど)から煙が出ていないことをみて、「三年間、課税と労役を全て止める事にした」という話がある。30年間実質賃金が下がり続けているのだから、消費税とインボイスを3年間やめれば、少しは景気が持ち直すかも。

そういうと「財源が」というまことしやかな意見が出るが、それ考えるのが政治家の仕事だし、金持ち企業や資産家からむしり取ればいいだけのこと。

「5世紀代には近畿地方において竈は普及しておらず、史実を反映した記述ではない」という、冷や水をかけるような論証もあるようだ。