価値観の変遷

年を取ることで考え方が変わる。それを「成長」と言える時期もあるのかもしれないけれど、そんな時期も通り越してしまうと「諦観」に近いことかもしれない。

若いころ、サラリーマンになってさっそく、JBLのスタジオモニターとテクニクスのプリアンプとメインアンプを買った。いまは、パソコンのiTunesをミニコンポにつないでランダム再生で音楽を垂れ流している。音が出ていれば、それでいいとなった。

食事も家の御飯が中心で滅多に外食をしない。外食は多すぎて胃が苦しくなる。「高かろう、うまかろう」は基本的に興味がない。それなら「安かろう、まずかろう」のほうが肌に合う。とはいえ、「安かろう、うまかろう」も巷には結構あるのがうれしい。

道楽という道楽は特にない。何かに執着して、耽溺するような世界観が欠如している。

旅行は、荷物を持ってどっかへ行って景色がよかったり、食べ物がおいしいのかもしれないけれど、帰ってくるのが面倒だから基本的には旅行はしたくない。

先週は、20代のころから仲良くしていた旧知に誘われて栃木の山奥の秘湯に行ってきたけれど、この温泉のいいところは自炊するというところ。温泉に行って食べきれないほどの食事が出ても、感動するわけではない。

一番好きな食べ物は「汁かけご飯」。御飯に味噌汁をかけて、水分を吸いこんでから、残ったご飯をかきこむのが一番おいしいと思っている。母親からは、「汁かけご飯」は、よくしかられた。

車は動けばいいし、時計は5分程度の誤差なら問題はない。

しかし、毎日履く靴だけはいいものがいい。ニューバランスはいかにものブランドなので少し抵抗があるけれど、ホーキングやリーボックがいいと思っているのは、ブランドだからではなく足首や膝にいいと感じているから。年を取ると、歩くのに優しい靴がいい。

テレビには全く興味が持てなくなった。映画も考えてみれば嘘くさいものが多いし2時間は我慢ができない。

インターネットでニュースを見るけれど、極力、あまりに自分とかけ離れているニュースの記事は読まないようにしている。特にページが3ページ以上あるようならば、最初の1ページだけで続きは見ない。YouTubeも、その意味では、見ても仕方がないものばかりだし時間が10分を超えてるものは見ないようにしている。

結局、何の変化もない毎日を、寝て起きて、食べて歩いて、食べて寝てを繰り返している変化のない毎日が、なんだか一番居心地がいいように思う。