成果主義を導入するとどうなるか

「成果・結果重視の評価・報酬制度」というのを導入した時期があったそうです。経済が成長している時期は、たくさんの就業者を雇用することができ、若者の賃金は、それなりに低く抑えることができましたが、年功序列で徐々に賃金水準も上がってくると、成果の伸びに比べて人件費の伸びが高くなっていくことは自明のことでした。

それでも経済が成長さえしていれば、何とか持ちこたえることは出来ますが、経済が停滞してくると人件費を抑えるために「成果主義」を導入した企業がありました。

そうなると頑張れば同僚に比べて賃金で差を付けることが可能になります。

しかし、それには副作用がありました。仲間を助けるよりは、自分の成績にこだわるようになることは当然の帰結です。管理職にもノルマが与えられるようになると、成績を上げられない部下を叱責面罵するようになり、人材育成に時間と手間をかけるよりは成績を至上の物としていくことで、人材が育たなくなります。

また、成績を単純に評価できない職種もあるでしょうし、そもそも人件費を抑えるための成果主義という考え方自体が企業の成長を軽視している施策でもあると思います。

そもそも「ジョブ型雇用」の前提となる欧米企業の「Job Description(職務詳述書)」を見ると、経験と実績を前提としていることが記述されています。ということは、経験と実績がなければ職にありつけないことになります。

企業がジョブの経験と実績を求める以上、その経験と実績を与える社会の仕組みがなければ成立しません。

イギリスで20年間、600人規模の会社の社長をしていた人の話です。その社長の会社の資金調達の方法などをアドバイスしてくれていた金融業の部門リーダが家に帰ったら会社から電話があって「明日から来ないでいい」とのこと。「保証は1年分の報酬。私物は警備室に置いてあるから取りに行くように。ただし社内に入ることはダメ」。

これが、ジョブ型で雇用される側の現実でもあります。ジョブ型雇用で雇用される側にも覚悟が必要になります。

個人、もしくは部門の成績が悪ければ、このように部門閉鎖や雇用停止が企業の都合で平然と行われるようになれば、職場は殺伐となっていきます。

どうすればいいのかを考えると、学校教育をもっと実践的にしていかなければならないでしょうし、企業も人材が流動化することを前提に若手を育て、中堅や管理職は流動化していくことを前提にしていけば、結果として相互の企業の能力を高めつつも、人件費を適材に適正な金額を払えるようになっていくと思います。

つまり、単に年功で管理職や経営陣にあがって高禄を食んでいるような人材を養う必要がなくなる分の人件費を適材に分配していくことができるようになりますし、企業としては戦闘力をあげていくことが可能になっていくという循環になるでしょう。

人材を育てる。育った人材が流動していく。それは自社から流出するだけではなく、他者から流入することでもあるわけです。そういう循環によって経営環境を変えていくためには、経営陣がそうした知見と意識を持たなければ社会は負の連鎖にはまり込んでしまいます。

人材を育てても流動してしまうなら、人材育成にコストはかけたくない。同時に、優秀な人材は欲しいから人材育成にかけるコストをこちらに回そうとする短絡的な企業経営者も多く出てくるでしょうが、高禄だけで流動する人材にはおのずから限界も出てくることでもあります。

とはいうものの、労働環境や教育環境の見直しから始めなければならないことでもあり、一朝一夕には実現ができそうにはないでしょう。とはいえ、このままでは「失われた30年」は40年になり50年になっていくような気もします。

ポイントは時代錯誤になりかかっているロートルの高給取りから権限を剥奪し、経営層の若返りから始めることが最短で、かつ、対応が可能なように思います。

これは大学にも言えることで、様々な学問の領域はすさまじい速度で進化しており、ロートルの先生たちでは、追随できない時代になっているにもかかわらず、組織機構に抜本的な改革をしようともしないことにも、ジョブ型雇用とは真逆な終身雇用前提型の年功序列がはびこっているように思います。

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