歴史的記録の管理

文書には「歴史的価値」を有する文書がある。企業などでは創業者の偉業をたたえるための文書を「アーカイブ」と称して保存することがある。

主としては公文書の管理において使われることが一般的である。

archive」を辞書で調べると「記録すること。記録したもの。また、大量の記録や資料をまとめて保管すること。保管したものや場所についてもいう」となる。

archives」とすると、「公文書。古文書。また特に公共性が高く、のちに歴史的重要性をもち得る記録や資料を、まとめて保存・管理する施設や機関および事業のこと」となり、文書そのものと、その文書を保存管理する場所にもなる。

ITでも、「アーカイブ」というと、意図して「保存する場面」のような意味で使われるようになっている。「バックアップ」と似てもいるけれど、違うという説明のほうが多いけれど、ITにおいての説明では、なんのために「アーカイブ」するのかについて明確な記述は少ない。

歴史文書の保存は、通常の文書とは管理が異なるべきで、主としては公文書館がその役割を担うこととなる。一般に公文書で歴史的文書の識別や分類をする人材を「アーキビスト」というが、マイナビというサイトで「アーキビスト」の養成をしている大学を検索したら3校しか見つからなかった。

2003年時点で中国では30の大学、韓国では12の大学でアーキビストの教育をしていることと比べると、日本はかなりお粗末。この理由は、歴史文書の管理以前の問題として、そもそも文書管理自体に対する意識が官公庁だけではなく民間企業においても低いことが挙げられる。

なぜ、そうなのかを類推すると、特に官公庁における意思決定の過程に政治が絡むと不透明な採決が発生し、むしろ意図をもって記録を残したくないこととなる。これは、戦前からの慣習を持続させているだけのことで「民主主義」とは無関係な権力志向が持続している。

近畿財務局で起きた決裁文書の改ざんや、桜を見る会での参加者名簿の廃棄などを見れば分かるように、意図と意志をもって、公文書を廃棄したり改ざんしていることは、たまたまなことではなく、日本の公文書の在り方を示している。

ちなみに、公文書管理法第8条の2には公文書の廃棄に関して「内閣総理大臣に協議し、その同意を得なければならない」とあり、誰が考えてもあり得る話になっていない。公文書の廃棄を総理大臣が決裁していたら裏金を秘書が作ってくれても使う暇がない。

では、民間企業で文書管理への意識が低い理由はどこにあるのだろうか。それは「年功序列+終身雇用」という就業形態において、文書は属人管理が前提であるからだ。

永久保存に関しては法律による規定は特にないけれど、定款をはじめ、総務や人事に関して永久保存が望ましいとされる文書はある。歴史的価値としての文書と永久保存対象の文書の識別が必要なのかも、はっきりとはしていない。

文書廃棄に関しては、誰が承認するかに関する指定は定めがあるわけではない。