「ヤンキー」の語源を調べる
「ヤンキー」は米国北東部ニューイングランド地域の出身者を意味する愛称だったというのが有力な説の1つ。コネチカット州に住むイギリス系移民が、南西隣のニューアムステルダム(後のニューヨーク)に住むオランダ系移民を呼んだあだ名、Jan Kees(ヤン・キース)に由来するという説。オランダ語では「J」を「Y」のように発音する。
ちなみに三浦按針と一緒に日本に来て家康から重用された「ヤン・ヨーステン・ファン・ローデンステイン(Jan Joosten van Lodensteyn)」、後に八重洲の語源となったオランダの航海士も「J」を「Y」で読んでいる。
ニューアムステルダムは港湾都市として開けていったのに対し、コネチカット州は農業が主体であったことなども影響したようだし、イギリス人とオランダ人との確執もあったようだ。
17世紀にオランダが北米東部に建設した植民地「ニューネーデルラント」が最終的に「ニューイングランド」と呼ばれるようになり、いまでも北東部の6州(北から南へメイン州、ニューハンプシャー州、バーモント州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネチカット州)を合わせた地方の呼称となっている。
南北戦争時代には、南部(ディキシー)に住む人間から見た北部人に対する蔑称ともなった。北部諸州をヤンキーランド、南部諸州はディキシーランドと呼ばれるとのこと。
日本では、第二次世界大戦中は国内向けの政府系広報に「洋鬼」と書いてフリガナを「ヤンキー」と振って読ませた。
アメリカ南部、特にサウスカロライナ州、ジョージア州、アラバマ州、ミシシッピ州、ルイジアナ州などのディープ・サウスと呼ばれる地域、それと合衆国からの独立意識が高いテキサス州などの保守的な場所では、今でも北部住民に対する蔑称として「ヤンキー」を使用することもあるようだ。
オランダ語の影響は明らかだが、だからといってこれでヤンキーの語源が確定するわけではない。
1789年、米国独立戦争でも戦ったトマス・アンビュレイという英国人将校は、ヤンキーという言葉は先住民のチェロキー族の言葉で「臆病者」や「奴隷」を意味する「eankke」が訛ったものとする意見もある。
「ヤンキードゥードゥル」という米国の民謡がある。これは独立戦争時代、英国兵が「ヤンキーたち」(ここでは植民地兵のこと)をヤジって歌ったもので、植民地兵が敵味方を区別するために戦場で帽子に鳥の羽を付けていたことを「気取り屋(マカロニ)」だと冷やかす歌詞がついている。
ちなみに、日本では不良行為的な志向を持つ少年少女を指す俗語でもある。語源とは関係なく曖昧な定義のまま使用されている。若者の「周囲を威嚇するような強そうな格好をして、仲間から一目おかれたい」という志向が表れたスタイルを指す言葉でもある。
なぜ、そうした不良少年たちを「ヤンキー」と呼ぶようになったかに定説があるわけではないが、大阪の不良が喧嘩の時に乱暴に「~やんけ」と言うのが、「やんきぃ」に変わり、現在の「ヤンキー」になったというあたりが、納得できるストーリーのようであるが、真偽のほどは不明。