「名人戦」を調べてみた
「名人」は、江戸時代以来、終身位だったのを1935(昭和10)年から近代化として第1期が開始された。
家元制としての「名人」は、1612(慶長)年からであり、実力制としては1937年から続いている歴史あるタイトルだそうです。
名人の中でも「永世名人」という称号があるようで、これは通算で5期以上名人位を獲得すれば「永世名人」を名乗れるそうです。最初の永世名人は木村義雄でしたが、十三世名人であった関根金次郎の次であるとして十四世名人を名乗ったそうです。
以降、大山康晴(十五世名人)、中原誠(十六世名人)、谷川浩司(十七世名人)、森内俊之(十八世名人資格)、羽生善治(十九世名人資格)の6人が永世名人です。
中でも大山は18期の優勝があり、連覇では13連覇という記録があるくらいの偉人です。
名人戦を調べてみようと思ったのは谷川十七世名人の動画を見たからです。
谷川さんが、はたから見ていて藤井さんの弱点が見えないとのことです。何にしてもすごいことが起きているということです。
名人を調べていて、十三世名人であった関根金次郎という人に興味があって、ちょっと調べてみました。1868(慶応4)年の生まれだそうですから、今から150年ほど前の人です。
下総国葛飾郡(いまの野田)の人で、寺小屋に通わせても将棋ばかり指していてやめさせられ、学校に通わせると校長や老人と将棋を指し、そのうち村中で相手がいなくなる。学校に行くふりをして近くの村に遠征して将棋を指してばかりで学校を辞めさせられる。奉公に行っても将棋ばかりで続かない。
11歳で上京して十一世名人の伊藤宗印の門をたたき、将棋遊歴を進められ旅に出る。近代将棋第1期名人の木村義雄は関根の弟子。
一文無しで空腹を抱えて川越の出外れを歩いていたところ、古道具屋を発見。中に入って交渉した結果、「買おう。何か売るものはないか(=めぐむのではない、何か差し出せば買って金を出してやるぞ)」と店主に提案される。売るものなどなかった関根は、その場で身につけていたふんどしを外し店主に渡して、代金として天保銭1枚を貰った。その金で焼き芋を買って食べ、人情に涙した。「将棋ではめったに負けたことはなかったが、この主人には負けた。今でもよくこの主人のことを思い出す」と後に述懐している
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