チンパンジーが長文をタイプする確率

チンパンジーが「Bananas」という簡単な単語を偶然に書き上げるには、1頭のチンパンジーが、その生涯にタイピングをし続けて打てる確率は5%だそうだ。

「I think, therefore I am.」となると地球上のすべてのチンパンジーが生涯、タイピングをしても1頭が成功する確率は天文学的な低さになる。日本語で「我思う、ゆえに我あり」なら、ほぼ不可能。

これを全チンパンジーが、宇宙の寿命が尽きるまで(推定1400億年)タイピングすると確実に「I think, therefore I am.」は打てるそうだ。ただし、チンパンジーも進化するから断言はできない。

猿の惑星では、言葉をしゃべっていて人間を追い回していた。

似たような話があって、DNA(RNAでもいい)が自然に作られる確率は、ごみを集めてかき混ぜていると飛行機ができる確率ぐらいに、難しいというようなことだった。その本では、1つの宇宙ではとても無理だそうだ。つまり、この宇宙に生物は地球にしかいないことになる。

どうして生物が誕生したかは置いといて、進化も似たようなものだ。説明では突然変異としている。突然変異が起きるのは分かるとしても、それが自然に適応して、種として固定され、安定的に複製して繁殖していくことの説明にはなっていない。

チンパンジーが偶然であれ意味のある文書をタイプすることが、ほぼ不可能であるなら当然のことながら意味のある文章を意図して書くことだって不可能になる。

では、なぜシェークスピアのような小説が書けたり、ベートヴェンやモーツァルトのような楽曲が作れたり、ミケランジェロのような彫刻が作れる人間が出来上がっているか。

DNAでさえ、核酸塩基、糖(リボース)、リン酸の3つが気の遠くなるような規則性で結合しなければならないし、DNAが無ければ自己複製もできないから生物にはなり得ない。

DNAが自然に発生する確率は、チンパンジーが意味のある長文や詩を書く確率は以上に「不可能」に近いだろう。しかし、現実に生物は潜在している。

チンパンジーが滅茶滅茶タイプして意味も分からずに、意味のある長文を書く可能性より、進化して意味のある文章を書くほうが可能性が高いような気がする。

つまり、「可能性は不可能」であると同時に、「不可能は現実として可能」であるということか?