困っている人を助けること

困っている人を助けることが自分のためになるという話。

馬とロバが町を目指して引っ張られていた。ロバの背にはたくさんの荷物が載せられているが馬には鞍が付けられているだけであった。そこでロバが馬に荷物を半分、助けてほしいといったが馬は知らないふりをした。結局、ロバは過労で死んでしまう。

そこで、飼い主はロバの荷、全てを馬に背負わせただけでなくロバの皮まで馬の荷にした。ロバを助けておけば、荷は半分で済んだのに。

中国やアメリカ、日本も同様だが大量の二酸化炭素を発生させている。アメリカではトランプが大統領になるとさらに化石燃料を掘り出し、環境汚染なんて興味がないとばかりに二酸化炭素をまき続ける。

これは、アマゾンのジャングルを切り開いてトウモロコシ畑にしていくことと基本は変わらない。その基本とは「金儲け」だ。

では、金を儲け続けられるのはいつまでか? 巨大台風が起きたり、南極や北極の氷河が溶けることで海面が上昇したり、海水温が上がったりすることの経済的影響はどうなるのか?

しかし、金儲けで二酸化炭素をまき散らしたりジャングルを切り開く人たちからすれば、氷河や氷山が解けることはさしあたり興味も関係もない。

それぞれが独立した主権国家であり、そうした政策を実現する政治を国民が選んでいるのだから、止める手立てはない。いずれ、不当に金を儲けた国が貧しい国を助けなければならなくなる。放置しておけば、貧しい国は生きるために、アウトローを行うようになる。

それは経済が破綻しかかっている若者が闇バイトに誘われるのも同じ構図である。

中国は共産主義だそうだ。生産手段の社会的共有により、階級や搾取のない、万人の平等を目ざすのが共産主義の本義である。にもかかわらず実体は全く違っている。富は一部に集中しており、権力者は権力を強大にするために圧政を敷く。これって、中国が有史以来行ってきたことと同じ構図になっている。

その中国を利用して金を儲けようとした日米欧の資本主義が、その中国に逆襲されだしている。共に荷を担ぎ、民主化させるための努力などはさておき、安い労働力と人口の大きさを一大消費地と見込んで搾取だけを目指してきた。

現在のいびつな中国共産主義の実態の背景には、日米欧の戦後型植民地主義(別名グローバリズム)ともいえる資本主義の実態である。ということは、他人の荷を担ぐ気がないのは動物としての摂理であって、痛い目にあったときは、自分以外の誰かが担えばいいというのが自然な発想ということだろう。

つまり、「慈善」は「偽善」ということか。