家畜化実験

スターリンが死んたころにロシアで行われた実験のこと。

そもそもは、おとなしい狼を掛け合わせ続けることで「犬」が誕生した。オオカミの「家畜化」による犬の進化は何千年という長いスパンで行われたというけれど、何千年も目的もなく継続的に掛け合わせ続けることはあり得るのかはわからない。

そのことから、ドミトリ・ベリャーエフ(1917〜1985)は、野生動物の家畜化ができるのではないかと考えた。しかし、当時のロシアでは、メンデルの遺伝学などはイデオロギーに反することで、人間の能力は環境で変えることができるとされていた。

メンデルの遺伝学を研究していた学者たちは仕事をクビにされたり、牢獄に収容されたりしたという。

1953年にスターリンが死去したことで、ソ連内での遺伝学の規制が徐々に緩和されていく。

家畜化は、ある特定の性質(大人しいとか人懐こい)を持った個体同士をかけ合わせ、それを何世代にもわたって繰り返すことで、その動物自体を人間が管理しやすい種に変えてしまうことを意味する。

とはいえ、いうほどに簡単なことではなく、6000種いる哺乳類の中でも家畜化できているのは数十種であり、その中でも世界中で家畜化できているのは「ウマ・ヒツジ・ブタ・ヤギ・ウシ」の5種くらいしかいない。

ベリャーエフら研究チームはまず、比較的大人しく、か弱い性質を持っているギンギツネを集め、オス30頭・メス100頭で家畜化実験をスタートし、生まれた子供の中から人懐っこくて大人しい性質を持つ個体同士を交配させ続けていった。

ますます人懐っこさや従順さを増していき、野生のギンギツネとは大きく異なる穏やかな性質を持ち始めまると同時に、見た目も変貌してきた。

5年ほど経過すると、人に対して甘えた鳴き声を発したり、積極的に手を舐めたり、自ら仰向けになってお腹を撫でさせたり、犬のように尻尾を振り始めた。

ギンギツネは黒と白の体毛がスタンダードだが、グループ内でも特に従順で大人しいキツネたちは赤茶色の体毛に変わってきた。耳がピンと立たず、垂れ耳のままになっていたり、尻尾がくるりと丸まっていたり、頭蓋骨が小さく、鼻面が短くて丸くなっていたり、脚の長さが短くなったりした。

このことは、狼から犬になったときの変化にも似ていた。

飼育環境では厳しい生存競争から解放され、自然の選択圧がなくなるので、行動や体型の幼体化が起こったと同時に、最も生存競争に適した特徴は「人に好かれること」になったことの影響があった。

従順で大人しいキツネたちは血中のコルチゾール値(ストレスホルモン)が非常に低くなっていただけでなく、気分の向上や不安の低減につながる「セロトニン」の量が大幅に増えていた。

アドレナリンがメラニン色素の生産を変え、野生の動物ではアドレナリンの高い濃度のために抑えられていた遺伝的変異の発現のカスケードが、ホルモンレベルの低下のために起こるという理論の構築に至っている。

キツネの家畜化は理論化できているが、だからと言ってトラやライオンの家畜化ができるわけではない。オオカミやキツネのような、どちらかといえば本来は獰猛な動物を家畜化できる因子と、できない動物の因子まで踏み込めれぼ面白いと思う。

猿の惑星では、サルが知性を持って人間を家畜化していたが、人間はそもそも獰猛ではないのだから家畜化はしやすいことだろう。日本においては官僚と政治屋によって、国民はいいように家畜化されているのに対して、アメリカやロシア、中国では、家畜化を嫌忌した有権者が獰猛なリーダーを選んでいるのもおかしい現象だ。

このことから導き出せる結論は、家畜化が進んでいる国民は、何もやれそうのないリーダーを選ぶ傾向があり、家畜化が進んでいない国民は、どんなことであれ何かやらかしそうなリーダーを選ぶということだ。家畜化が進むということは、活力を失うことでり、よってイノベーションが起きなくなる。