心と遺伝子

「心」はどこにあるかと言われれば「胸」のあたりという気もする。「heart」といえば「心臓」にもなる。

ゲノムは4種類の記号による30億個のコードでしかない。アミノ酸は20種類しかないが、アミノ酸がさまざまな形で結合したタンパク質は10万種類以上有ると言われており、そのタンパク質を作る指令を出しているのが遺伝子である。

ヒトゲノムの塩基対は30億個。直線に伸ばすと2メートル。このヒモが60兆個の細胞全てに入っている。実際には23対の染色体として分断されて格納されている。

個体の差をゲノムから見ると、30億の塩基のコードで、個人間で違いが見つかるものと、人間に共通のものがある。 個人間で違いのある部分を「多型」といい、0.1%から0.3%あるとされている。300万対から900万対に個人の違いが書かれていることになる。

マウスの遺伝子をノックアウトして特定のたんぱく質が作れないようにする手法を使うことで、いろいろなことが分かってきた。マウスの遺伝子の8割以上は脳で発現している。そのうちの一つの遺伝子を操作しても何らかの影響が出てくる。

遺伝子操作で「カルシニューリン」という酵素が欠損したマウスを作ると、統合失調症に似た行動をとるようになる。

アルファカムケーツー(αCaMKⅡ)の欠損マウスを作ると、双極性障害のような行動をとるようになる。作業記憶に影響があるとするなら、海馬と前頭葉に関係する。海馬の遺伝子を調べると「αCaMKⅡ」をノックアウトするだけで2000もの遺伝子に影響が出ていた。

「αCaMKⅡ」をノックアウトすると脳神経が常に未熟なままでいるという特徴がみられた。

統合失調症の人のゲノムと、そうでない人の共通する「違い」を調べると、26個の遺伝子に有為差があった。

1つの遺伝子の異状で重大な疾病に繋がることもあれば、知能のようにいくつもの遺伝子にまたがった作用の結果として形成されるものもある。

いずれAIによる解析が進むことで、それらの相関も判明してくる日も近い。AIは人間の知能に近づいているらしい。「心」は、知能とはあまり関係がなく、「愛情」「正義」「善意」「道徳」あるいは「宗教」などといった、どちらかと言うと観念と感情に基づいているようだ。

となると、「人工心」を作るのは人工知能を作るよりはるかに難しそうだが、なまじに心があることがAIにとってメリットとだんげんできそうでもない。昔からロボットが「愛って、なんですか?」式の発話があるけれど、「心」を持たない「知能」が、人類の福音になるのかは、これからが見ものになる。