権力者にとって真に恐れることは?

真に恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方(ナポレオン1世)
無知な友人ほど危険なものはない。賢い敵のほうがよっぽどましだ。(ラ・フォンテーヌの『寓話詩)

言ってることは同じ。それらしいことを言っているけれど、そうなのかは今一つ曖昧な気もする。

権力を持つと、その権力を担ごうとする輩が集まる。ヒトラーだって、スターリンだって、毛沢東だって、きっと有能・無能なシモベに担がれたはず。

有能なシモベは、権力者の気分を良くさせながら自分のメリットを忍ばせていく。権力者が無能であるほどに、有能なシモベは自己の利益を最大化させる。無能なシモベは、これは単なる「お茶坊主」なので権力者の逆鱗に触れないように只管気を使って権力者を持ち上げるだけ。

そうこうするうちに無能な権力者は必ず「慢心」する。

中国には秦以来、皇帝に忠告し、政治の得失について意見を述べる「諫官(かんかん)」という職務があり、唐代の諫官は毎月200枚の用紙を支給され、それを用いて諫言したというが、ちゃんと諫官の進言を真面目に聞き入れたのは太宗ぐらいのもので、皇帝の耳に痛いことを諫言すると左遷されたり、殺害されたと言われているが、これとて真実は不明。

太宗(598-649)は、日本で言うと推古天皇の時代に生まれ大化の改新頃に亡くなっている。

後世の太宗に対する人物評価は、さまざまである。wikiで「唐」を調べると、太宗が「李世民」と称していた時代は、すさまじい人物だった。後継を争って兄弟と対立し、兄弟を殺害し、高祖に譲位させ二代目の唐の皇帝になる。

皇帝になると領土を広げ、内政は有能な人材を多数集め政治にあたった。「一年間の死刑者数は29人しかおらず、(盗賊がいなくなったので)みな外扉を閉めないようになり、道中で支給があったので数千里を旅する者でも食料を持たないようになった」などと言われているが、あまりに嘘くさい。

「貞観の政要」として伝えられているが、内容はいいことばっかりでかなり怪しい。

太宗も徐々に弛緩し、後継にも問題を抱えた。3度の高句麗遠征は失敗し、崩御すると台頭してくるのが妾の武則天である。

690年に武則天は中国史上唯一の女帝となる。

これから後の混乱や登場人物は覚えきれず、なんにしても権力を志向する人は、権力を手にするといずれは退嬰していく。権力を手にすると忠臣が増えだし、いずれは忠臣に寝首を掻かれる。

結論は、無能な人間が権力を手にしたら真におそれるべきは「自分の愚かさに気づかない愚かな自分」と「有能を自負して権力者を睥睨している味方」である。

「アベノマスク」などは、教科書に乗せてもいいような出来事として如実に示している。「令和政要」として後世に伝えるべき歴史的教訓である。