組織心理学《00》

Edgar H. Scheinという人が1966年に第1版を出版した本の第3版(1981)のまとめになります。

「組織」に対する考え方は、おそらく半世紀以上も前であっても、今の日本の組織においても流用できる部分が少なからずあるように思います。この本を初めて読んだときは、職階級制の組織に従属していました。「職階級制」というと仰々しいのですが、大方の組織は、このようなものと思います。

というのは、とりあえず規模に応じてポジションがある。そのポジションには、年功(つまり、勤続年数)か内部試験などで選ばれた人がそのポジションに収まっている。そこに収まっている人がどういう人であれ、ポジションに「それなり」の人が埋めてあれば、それで、とりあえずは組織が動くわけです。

それが、公的な組織なると能率とか効率は「目標」には計上されないので、一番重要視されるのが「調和」になります。公的な組織も国家的な規模になると、転勤して出世していく人生を選ぶ人と、転勤はせずに出世もせずにその場に骨をうずめる人生を選ぶ人とに分かれます。

いろいろな人が管理職のポストにやってきて、入れ代わっていくことになります。反りが合わなくても、能力に疑問があっても2、3年すれば次の管理職が来るので、我慢していればいいわけです。

公的組織はそのようにして、微動だにせず動いています。モチベーションは、トップや上層部の人材によって多少の上下はありますが、だからといって自分の役割をしていれば問題なく組織は動いています。自分は駒を埋めているだけで、代替可能であるという職場です。

こうした組織に従属していながら、怖いもの見たさに、「組織心理学」を買って読んだのが今から40年以上も前の事でした。

欧米では、特にアメリカの製造業での組織は、スタッフとラインに分けて人材の配置が決まります。これは、先程の職階級制でいうなら、地方レベルであれ国家レベルであれ転勤を前提として出世していく人たちを「スタッフ」とするなら、転勤はしない代わりに出世もしないで土着する人材を「ライン」と言えるでしょう。

能力、能率、効率を求めて最適化を図ろうとする企業組織と、調和と事故・事件を起こさないことを至上のものとする公的組織では、組織の在り方が違うという意見もあろうかと思いますが、人が集まり、階層によって構成されることにおいて、組織としては同じだとして話を進めます。

「年功序列」というのも似た考えが底流にあって、決定権を持つようになると速くて40代、通常なら50代になっていることが多くなります。当然、現世代からすれば1世代以上古参になっているからギャップが生じています。

新陳代謝が起きにくい職場なら、決定権を持たない40代、50代もたくさんいて、人件費の割には「無用・無益」ならまだよく、「不要・不益」になっていることも少なからずあるでしょう。

能のある人材を起用すると同時に、その組織にとって不要・無用な人材を排除していくような、まさに欧米型の組織体制を取りたがる企業が出てくることにも一理ありますが、それでも経営トップが政治家同様に一世代も二世代も昔のご老体がはびこっていては、DX時代の組織運営には即時的な対応ができるとは思えません。

とくにグローバル企業やIT関連企業においては顕著なことだと思います。

つまり、日本型の組織成長は、制度が疲労していることは自明な時代になってしまったわけで、このことも「失われた30年」の一原因になっていることでしょう。そんな観点から、40年前のアメリカの「組織心理学」を学び直してみようと思います。

ということで、学び直しをしばらくやってみようという企画です。