1945年に日本が学んだこと
クリーブランド・クリフス ローレンコ・ゴンカルベスCEO
「日本よ、気をつけろ。あなたたちは自分が何者か理解していない。1945年から何も学んでいない。我々の血を吸うのはやめろ。我々はアメリカ人だ。我々はアメリカ人を愛し、アメリカを愛している」
てっきり敗戦国日本は、GHQの言いなりに学んだものと思っていました。小説や映画で見る限り、戦前とではずいぶん変わったように感じています。感じているというのは、戦前を知らないので年寄から聞いた話や、小説や映像から類推するしか方法がないわけですが、それでも随分とアメリカナイズしてきたように思っていました。
「あなたたちは自分が何者か理解していない」に一理あるのかもしれない。しかし、それは「当事者」である「自分」は、自分として視野しかないという意味において、誰しもが同じだと考えています。
稲山嘉寛さんという新日鉄の初代社長は、韓国にも中国にも最新の製鉄技術を惜しげもなく、後の戦略的脅威も顧みず、渡していることが中国による鉄の過剰生産を招いていることは事実である。それには、彼なりの考えがあっての事なのでしょう。
そもそも、体制が全く違う国に技術移転する背景は、ユニクロが中国に進出したのと同じで「安い労働力」「巨大な人口」を狙ってのことであることは間違いがない。その新日鉄は、「無方向性電磁鋼板」の特許権侵害で後に宝山鋼鉄とトヨタと三井物産を訴えている。後に、トヨタと三井物産へは請求を放棄している。
トヨタは新日鉄と宝山鋼鉄に二股かけて価格を調整していた。そのトヨタは新日鉄の「無方向性電磁鋼板」という特許の無効を主張しており、万一、無効判決が出ると新日鉄としては元も子もなくなるため請求を放棄したとのことらしいが詳しいことは分からない。
そもそもを言えば共産主義の中華人民共和国と手を結んだのはニクソン大統領のアメリカで、その尻馬に乗ったのが田中角栄であった。それから、どれだけの資本投入と企業進出があったのかは調べてもいないが、いまさらUSスチールの買収というのは、一部のアメリカ人にとっては、「理」より「感情」として許しがたいものもあることにはうなづける。
まして、ローレンコ・ゴンカルベスさんはトランプ次期大統領と結構仲がいいとのことでもあるようだし。
こうして俯瞰してみると、巨大企業の経営をするような頭がいい人たちが繰り広げる茶番劇は、とても愚かしいとしか思えない。中国に思いっきり技術移転をし、中国以外の製鉄業に回復不能なくらいのダメージを与えるまでにしておくことや、USスチールの買収に政治介入があったとして激怒することや、「中国は悪だ。中国は恐ろしい。しかし、日本はもっと悪い」と激怒することなども、茶番と言えば茶番である。
結局は民間企業は利を求めなくてはならず、中国へ技術移転したことも利を求めていたはずであるが、体制なんて時間の中で変わっていくもので、そこまで計算もせずに経営判断した時点で、「1945年から何も学んでいない」と指摘される遠因があったとしかいいようがないけれど、所詮、世の中とは「ウラを見せ、オモテを見せて散るモミジ」のようなもので、善も悪も、是も否も、立場や視点が変わるとウラになったりオモテになったりするようなものではないだろうか。
そういえば「戦後レジームからの脱却」というスローガンがあった。昭和20年から昭和27年まで、日本の主権は戦勝国にゆだねられた。その間に憲法などが制定されているけれど、これは戦国時代においても同様の処置をするもので、2度と戦勝国に牙をむくことがないように憲法などを書き換える権利を戦勝国は敗戦国に対して有している。
その過程で天皇は紙から人間になったし、軍隊は無くなり自衛隊になった。
基本的には昭和27年のサンフランシスコ平和条約が発効され、再び独立したのも「戦後レジーム」からの脱却である。
一国民でしかない自分からすれば、真っ先に脱却すべきことは現下の「民主主義」と言われる選挙制度からの脱却である。まず、衆議院議員はMAX3期まで。参院議員は2期まで。地方議員は3期までをMAXとすること。国も地方も議員の半数は裁判員のように有権者から無作為に選出すること。選出議員の任期は原則1期とする。すべての政党は消滅させること。
霞が関の官僚を流動化させて地方との入れ替えをしていくと同時に、政治として判断に対して最善を尽くさせる。政治の判断に関与させない。これで民意が反映するし、これで政治に対する民意が高揚する。世襲政治から脱却できる。選挙や政治に金がかからなくなる。
1945年から学んだことの是非は、いまさら問われても答えようがないけれど、2025年として学ぶべきことは危険政治からの脱却から始めるべきでしょう。