渡来系について

白壁王は、天平16年(744年)以後、称徳天皇の異母妹、井上内親王を正妃に迎える。そして宝亀元年(770年)、称徳天皇の崩御により天武系皇統が断絶すると、62歳で擁立され光仁天皇となった。皇后には井上内親王、皇太子にはその子他戸親王が立った。

この白壁王の側室になったのが「高野新笠」であった。高野新笠は、後の桓武天皇と、桓武が殺害する早良王を産む。殺害と言えば井上内親王と他戸親王も謀略で殺害する。高野新笠の先祖は百済の武寧王であるとされているが、詳しい話は分からない。

ともかく、桓武天皇の母は渡来系だったので、本当は桓武は天皇にはなれなかったはずであるが、そこを藤原式家の百川が何らかの工作をすることで井上内親王と他戸親王を排斥したのでおハチが回ってきた。

さて、その渡来系であるが「最新の科学的研究では、古墳時代に日本に住む人びとのうち、何と『25%』もの人びとが朝鮮半島を経由してやってきた移住者であったことが明らかになった」とのこと。

古墳時代以前の縄文・弥生時代にも、多数の移住者が日本にやってきており、大きな衝突もなく「日本人」が形成されていた。そしてヤマト政権が確立される古墳時代にも大きな移住の波があったようだ。

そもそもを言えば、日本列島が大陸から切り放されたときには、地球に人間はいなかった。その後、アフリカに人間が誕生し、そこから伝わってくるとなれば朝鮮半島か中国経由か台湾経由ぐらいしか考えられない。

つまり、「大和民族」という人間の種類はないわけで、日本人のルーツはすべてが「渡来系」であることは間違いがない。

また、渡来系が日本に来なければ農業も機織りも焼き物や木工も治水も土木も、そして漢字も仏教も儒教もオリジナルでは作れていなかったであろう。殖産興業の祖は秦氏であった。

渡来系が25%とか30%という言い方は古墳時代あたりを基準に考えているのだろうけれど、記録こそ残っていないけれど、間断なく日本に渡来してきていたことは間違いがない。

大量に渡来する背景は中国や朝鮮半島では王権がしょっちゅう入れ替わっており、その都度、敵側に回ってしまった武人や官僚が逃げてきたであろうことが、日本人の知能や性格に無視できない影響を与えているともいえそうだ。