「枕草子」が描いた世界《其の13》

枕草子の主人公と言えば「藤原定子」。それを支えているのが一条天皇になる。主要なわき役としては定子の兄の伊周。枕草子では貴公子として描かれているが、大鏡では短慮でどうしようもない若者くらいの書かれ方でしかない。書かれている文字数も少ない。

伊周、20歳。

大納言殿の参りたまへるなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪にはえていみじうをかし。柱もとにゐたまひて、「きのふけふ、物忌みにはべりつれど、雪のいたく降りはべりつれば、おぼつかなさになむ」と申したまふ。「道もなしと思ひつるに、いかで」とぞ御いらへある。うち笑ひたまひて、「あはれともや御覧ずるとて」などのたまふ、御ありさまども、これより何事かはまさらむ。物語にいみじう口に任せて言ひたるにたがはざめりと覚ゆ。

関白・藤原道隆(定子の父親)が来たのかと思えば、定子の兄の大納言・藤原伊周だった。これが、清少納言が伊周を見た最初のことだった。

着ている直衣や指貫の紫の色が、白い雪に映えてとても美しい。大納言殿は柱の側に座って「昨日から今日にかけては、物忌みで外出もできないでおりましたが、雪がひどく降り、こちらが気がかりで参上いたしました」と申された。中宮様は「古歌に『雪降り積みて道もなし』と詠まれていると思うところ、いかにして参ったのですか」と言った。

大納言殿は笑われて「思いやりのあることだと思ってくれると思いました」などと言う。こうしたお二人の御ようすは、これにまさるものはないほどだ。物語で、作者が口をきわめて褒めて言うのと違わないと思う。

と、こんな会話を伊周と定子がしているのを清少納言が聞いている。この時、伊周が20歳なら定子は17歳。

ここで定子が言った「道もなし」の古歌とは、拾遺和歌集にある。

山里は 雪降り積りて 道もなし 今日来む人を あはれとは見む

この兄妹は、この拾遺和歌集の平兼盛の歌を「道もなし」だけで想起しているくらいの知識があったということ。

清少納言は、この兄妹の会話を、まるで物語のようだと感嘆している。

平兼盛は、村上天皇の時代に活躍している歌人。wikiによると、

兼盛が妻と離婚した際、妻は既に妊娠しており、赤染時用と再婚した後に娘を出産したため、兼盛が娘の親権を主張して裁判で争ったが認められなかったとの逸話が伝わる。なお、その娘は赤染衛門として大江匡衡に嫁ぎ、その血脈は大江広元や大江姓毛利氏にも流れている。

とあり、赤染衛門の父であるとのこと。藤原道長の正妻である源倫子とその娘の藤原彰子に仕えており、紫式部・和泉式部・清少納言・伊勢大輔らとも親交があったとされている。