BIGMOTORから考える組織

すさまじい締め付けの中で、やめていく社員もいれば、やめさせられる社員もいる。期待に応えて昇進する社員もいれば、降格していく社員もいる。

信長につかえた秀吉なども、このような雇用環境の中で巧みに上昇していったのでしょう。権力の魔力にとりつかれると稚拙な人格においては、あたかも自分の能力が拡大していくような錯覚に陥り、限度を越していく。政治家や役人などにも、よく見られる構図です。

北朝鮮なども、まさにBIGMOTOR化している。あるいはBIGMOTORが北朝鮮化しているのかもしれない。というより、ほぼ同次元化している。闇バイトなども似たような構図になっている。

しかし、このようなことは北朝鮮やBIGMOTORだけに限ったことではない。例えばワンルームマンションを利殖目的として販売している不動産会社なども、売る側には人間としての憐情や正義などは微塵もなくなっている。彼等の正義は数字だけになる。

1980年代には豊田商事事件という詐欺事件があった。これなども、関わった人たちも一説には7000人いたと言われているが、その後の人生において、時として豊田商事時代のことなどを思い出すことがあるでしょう。

組織は不思議なもので、えてして部下を踏みつける人間ほど出世し、部下を思いやる人ほど出世が遅いような傾向がある。悲しい事実であるが、BIGMOTOR方式で管理強化をすることで数字は確実に上がるが、関わる人間の人間性が低下しても行く。

管理のポイントは「恐怖」。いずれの時代においても、大量虐殺の背景に「恐怖」による縛りがあった。「恐怖」によって人間を管理するのは、前時代的であり人権侵害も甚だしい。

何をもって良しとするかは、なかなかに難しい。変に倫理を持ち出したところで競合に負けてしまえば経営陣としては社員に説明ができない。かといって、離職者が多出し、鬱になったり自殺する社員が出るようなブラック企業になっても、経営幹部にとっては自己の資産形成の手段でしかない。

自分のことで言えることは、人生も終わりが近づいてきたときに、何気なく思い出されることは「あの時、ああしなければよかった」的なことばかり。

生きて禍根を残さず

禍根を残さない生き方を心掛けることが、いい死に方につながるように思える。ということは、いい生き方にもつながる。

恐怖社会、過激な競争社会では、この程度のことを禍根と思わない人間が権力を握り、出世をしていく。そのような考えが蔓延していけば社会から「善」なるものが希薄になっていく。

植民地を作り搾取のし放題で、挙句に奴隷を船で運んで労働力としてきた背景にあるのは、「優越」と「金儲け」だった。「倫理」だの「正義」だの「博愛」だのと言ったところで、人間の上昇志向は、このような「悪」なる部分を併せ持っている。

荘子に言わせれば「知識欲」も、「金銭欲」と基本は同じと指摘する。