MUSE細胞の話

「損傷した細胞を修復する機能 「Muse細胞」 東北大学研究チームが開発権利をイギリス資本の会社に譲渡」という記事があった。なんだか、前に見たような記憶もあったが、忘れていた。

ポイントは、「実用化を目指して開発の権利を海外の会社に譲渡」したということ。損傷した細胞を修復することで、心筋梗塞や脳梗塞のほかALSなどこれまでは治療が難しかった病気を治す効果が期待されていたはずだった。

なぜ?

2022年、早期承認制度の適用申請は納得のいく説明のないまま国に門前払い

これはよくあること。厚労省で審査するのが、大方「爺」で、最新の知識もないくせに口出せば権威が守られると勘違いしている。かつて脳腫瘍の最新の治療法をハーバードで成果を上げた東京大学の藤堂先生が開発した「G47 Δ(デリタクト(R)注)」の認可においても、似たような話が書かれていた。

日本型組織の8割以上が、頭の悪いくせに権威を振りかざして口を出す「爺」が組織の発展を阻害している。卑近の例を見ればフジテレビしかり。政治では8割以上が「爺」と「婆」によって運営されているので、日本そのものに暗雲が垂れ込めてきてしまった。

国内の製薬会社を回っても協力は得られない

このこともG47 Δ(デリタクト(R)注)と同じ道を歩んでいる。特に日本の製薬会社は「ウイルス」を改変したり、MUSE細胞はどんなものかわからないけれど、リスクを極度に嫌がる。

そこで小野製薬のような、リスクを取らなければメジャーになれないような中堅が、本庶先生の「オプジーボ」の開発に成功することができた。その後、金でもめたようでみっともなかった。「爺」「婆」の次に控えているのが「強欲」か。

国や製薬会社の判断が正しいのか、東北大学及び海外製薬会社の判断が正しいのかは、これからの成果にかかっている。

門外漢には全く分からないけれど、日本が衰退していく背景で暗躍している「権威」の姿は良く見える。

よくわからない事態において判断しなければならないことって、普通の人の人生においてさほど起きるわけではないからいいとして、権威だの権力だのに関与しだすと、判断を求められることも多くなる。というか、判断するために「権威」や「権力」が付与されている。

しかし、欧米企業と異なって、「権威」や「権力」を持つに至った時点で、彼らの知識は過去の遺物であり、未来を展望する力や根拠など、微塵も持ち合わせがない。

重要な局面で「判断あるいは決定」に関与できることで、自己の「権威」や「権力」に箔が付くくらいでしかない。所詮、「判断」なんて「乗る」か「反る」化の択一でしかない。

それは、信長の桶狭間だって家康の関ケ原だって光秀の本能寺だって、「乗った」か「反れた」かでしかなかった。それでも歴史は動いた。しかし、それはたまたまでしかなかったが、彼らは「乗れた」。

MUSE細胞の今後は、どうなるのかはイギリス資本の企業の手にゆだねられるが、人類のために成功して欲しいものだ。