大鏡:其12《帝紀-花山天皇》

第65代 花山天皇(968-1008)

冷泉院の第1皇子。生母は藤原懐子。藤原伊尹(これただ)の長女。2歳で立太子し17歳で即位した。治世は2年の19歳で出家した。その後、法皇として22年在世した。

藤原道兼が花山天皇を連れ出し出家させる。そのときに花山天皇がためらう素振りを示すものの神璽(しんじ)と宝剣を皇太子に渡してしまっていたので宮中に還御する事はできないとして出家させる。

  • 花山天皇が出家したのは藤原詮子腹の円融天皇を即位させようとする藤原北家の索道であった。
  • 花山院は出家後、風雅の生活と奇矯、乱行の数々による話題を残している。
  • 道兼は花山天皇と一緒に剃髪すると言っていたが兼家(道兼の父)は道兼に警護をつけ出家などしないように見張らせていた。
  • 道兼は花山院を連れ出すと逃げ出して戻っては来なかったので、兼家も含んだ藤原一族の策謀にはめられて花山天皇は出家することになってしまったとしている。
  • 兼家にとって娘の詮子が生んだ一条天皇の外祖父になることが一族の繁栄の源になるわけで、藤原北家内の権力闘争でもあった。
  • 花山天皇の後ろ盾は藤原伊尹(母の藤原懐子の父で花山天皇の祖父)で、花山天皇が即位したときには亡くなっており天皇には後ろ盾がなかったこともある。