鼓腹撃壌

「十八史略」に書かれている言葉。

有老人、含哺鼓腹、撃壌而歌曰、
老人有り、哺(ほ)を含み腹を鼓(こ)し、壌(つち)を撃ちて歌ひて曰はく、

日出而作、日入而息。
日出でて作(な)し、日入りて息(いこ)ふ。

鑿井而飲、耕田食。
井(せい)を鑿(うが)ちて飲み、田を耕して食らふ。

帝力何有於我哉。
帝力何ぞ我に有らんや

要点は、帝が自分の統治で人民を幸福しているだろうかと思って、城下の人たちの意見を聞くと口をそろえて「帝のおかげ」という。で、庶民の身なりに代えて、城下をでて近隣の町を訪ねて歩いていたら、老人がお腹を太鼓のように叩きながら、足で地面を打ちながら歌を歌っていた。

「日が昇れば働き、日が沈めば休む。井戸を掘って水を飲み、田を耕して米を食べる。こうしたことに帝などの関わることなどありはせん」

これを聞いて帝は自分の施政に間違いがないと安心するということから「鼓腹撃壌」が四字熟語になったようです。

全然、似ていない話ですが、北条高時があるとき、身なりを庶民に変えて幕府を一人で出て町を歩いていたら、荷馬車をひく男から邪魔だと頭を殴られるというお話の小説がありました。

時の執権と言えども、それが北条の嫡子であるかは庶民には分からない。配下の幕僚や家来は、それが高時であることを知っているからひれ伏す。

テレビも映らないような田舎に岸田さんが普段着で訪ねて行ったときにお腹を叩きながら地面でリズムをとって、「オラは楽しいな、首相も自民党もオラには関係ない」といって踊っているでしょうか。

結局は高時と同じで、地位や権力を承知している人々がひれ伏すだけで(それも権力という虚構への忖度でしかなく)、津々浦々の町に善政が浸透しているようには思えなければ、頭をはたかれて邪魔だからどけといわれるのがオチじゃ、しょうがないですね。