芥川龍之介のショート・ショート
修身
道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である
みだりに道徳に屈するものは臆病者か怠けものである
我々を支配する道徳は我々に何の恩恵をもたらしてはいない
強者は道徳を蹂躙する
道徳は古着である
良心は道徳を作るかもしれないが、道徳は「良」の字すら作ったことはない
道徳の愛好者は政治家か富豪である
創作
作品の美醜に一半は芸術家の意識を超越した神秘に世界に存している
一半? 大半と云っても好い
美しい蜃気楼は砂漠の天にのみ生ずるものである
古典
古典の作者の幸福なる所以は兎に角彼等の死んでいることである
暴力
権力も畢竟はパテントを得た暴力である
仏陀
悉達多は王城を忍び出たあと6年の間苦行した
ナザレの大工の息子は、40日の断食しかしかったようである
政治的天才
政治的天才は俳優的天才を伴うらしい
帝王も王冠の為におのずから支配を受けている
地獄
人生は地獄よりも地獄的である
輿論
輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である
危険思想
危険思想とは庶民の常識を実行に移そうとする思想である
悲劇
悲劇とはみずから恥ずる所業を敢えてしなければならぬことである
この故に万人に共通する悲劇は排泄をすることである
神
神の為に同情するのは神には自殺のできないことである
我々は神を罵倒する無数の理由を発見している
不幸にも日本人は罵殺するのに値するほど全能の神を信じていない
政治家
政治家の政治上の知識を誇り得るのは畢竟、
某党の某首領はどう言う帽子をかぶっているかと言うのと大差のない知識ばかりである
ある資本家の論理
芸術家は芸術と言えば天下の宝のように思っている
芸術家の顰(ひそみ)にならえば、わたしも亦1缶60銭の蟹の缶詰を自慢しなくてはならぬが
まだ一度も芸術家のように莫迦莫迦しい己惚れを起こしたことはない
可能
したいことのすべてを出来るものではない
我々はできることをするだけのものである
おそらくは神も希望通りにこの世界を造ることは出来なかったであろう
大作
大作を傑作と混同するのは鑑賞上の物質主義である
大作は手間賃の問題に過ぎない
きょうはここまで!