大鏡
藤原登場 その前に《1》

鎌足の名が歴史に残るのは645年の「大化の改新」である。厳密にいうと「乙巳(いっし、おっし)の変」というクーデターで大王皇極の眼前で蘇我入鹿を暗殺、蘇我蝦夷が自害することで権力の構造が変わる。 ストーリーとしては蘇我入鹿 […]

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荘子
荘子を考える:斉物論《其の09》

一受其成形:一たび其の成形を受くれば 不亡以待盡:亡(ほろ)ぼさずして以て尽くるを待たん 與物相刃相靡:物と相い刃(さから)い相い靡(そこな)い 其行盡如馳:其の行き尽くすこと馳するが如(ごと)にくして 而莫之能止:これ […]

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大鏡
大鏡:其07《帝紀-醍醐天皇》

第60代 醍醐天皇(885-930) 宇多天皇の第1皇子といい生母は藤原胤子(いんし)。胤子は藤原高藤の息女。9歳で皇太子に立った。11歳で元服し13歳で天皇に即位した。夜の御殿から冠を被って自ら践祚の宣言をしたとのこと […]

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大鏡
大鏡:其15《帝紀-後一条天皇》

この天皇は今上天皇(つまり世継と繁樹は後一条天皇の御代に出会ったということ)。生母は藤原彰子で、藤原道長の長女。皇太后宮。 4歳で立太子。9歳で即位。29歳で崩御。 後見役は祖父でもある入道道長。叔父は関白左大臣頼通と内 […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の06》

宮に初めて参りたるころ、ものの恥づかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の御几帳の後ろに候ふに、絵など取り出て見せさせ給ふを、手にてもえさし出づまじう、わりなし。 177段 清少納言が藤原定子の女房と […]

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大鏡
大鏡:其01

雨林院の菩提講 雨林院の菩提講に参詣したところ、異様な感じのする老人二人と老女が出会って座っていた。老人の一人は「世継」といい、その翁が言うには「自分が見てきたこと、そして全盛の道長公のことなどを語り合いたいと思っていた […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の02》

春は、あけぼの夏は、夜秋は、夕暮れ冬は、つとめて(早朝) 「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」とパステルで描いた絵のような色使い。 道元が鎌倉時代に「春は花 夏ほととぎ […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の24》

長徳2(996)年2月に清少納言は藤原斉信(ただのぶ)の来訪を受けた。斉信の祖父は藤原師輔で、伯父の子らが藤原道隆や道長となる。 斉信は、当初は道隆の中関白家にした親しく出入りしていたとされるが、道隆が薨去すると道長に接 […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の20》

「其の19」で「宮中を出て400メートル南に行った「朝所に移る」としたのは、定子が喪中だからとしたものの、実際には関白・道隆が死去したことにより冷遇がはじまっていたということ。 屋のいとふるくて、瓦ぶきなればにやあらむ、 […]

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荘子
荘子を考える:逍遥遊《其の03》

蜩與鷽鳩笑之曰:蜩(ひぐらし)と学鳩とこれを笑いていわく 我決起而飛、槍榆枋而止:我れ決起して飛び、榆枋(ゆぼう)にいたりて止まるも 時則不至而控於地而已矣:時にあるいは至らずして地に落ちるのみ 奚以之九萬里而南為:なお […]

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