枕草子
藤原定子への鎮魂の書「枕草子」

山本淳子さんという方が書いた「枕草子のたくらみ」という本を読みました。山本さんは京都学園大学の教授だそうです。 「枕草子」というと、高校時代の地獄の「古文」で、「春はあけぼの...」などと習いましたが、書店で、この「枕草 […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の17》

紫式部は、清少納言の「枕草子」を熟読していた節が、散見される。 屋の上は、ただおしなべて白きに、あやしきしづの屋も雪にみな面隠しして、有明の月のくまなきに、いみじうをかし。 白銀などを葺きたるやうなるに、水晶の滝などいは […]

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大鏡:其19

嵯峨天皇(52代)の兄である平城天皇(51代)は「薬子の変」において主体的な役割をし、父である桓武天皇の逆鱗にも触れ、嵯峨天皇の時代が来る。 冬嗣は嵯峨天皇の信任が厚く異様なスピードで昇進していく。嵯峨天皇の后である高津 […]

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荘子
荘子を考える:逍遥遊《其の03》

蜩與鷽鳩笑之曰:蜩(ひぐらし)と学鳩とこれを笑いていわく 我決起而飛、槍榆枋而止:我れ決起して飛び、榆枋(ゆぼう)にいたりて止まるも 時則不至而控於地而已矣:時にあるいは至らずして地に落ちるのみ 奚以之九萬里而南為:なお […]

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荘子
荘子を考える:逍遥遊《其の02》

北冥有魚、其名曰鯤:北冥に魚あり、其の名を鯤という 鯤之大、不知其幾千里也:鯤の大きさ、其の幾千里かを知らず 化而為鳥、其名為鵬:化して鳥となるや、其の名を鵬という 鯤という巨大な魚が、鵬という巨大な鳥になって南を目指し […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の02》

春は、あけぼの夏は、夜秋は、夕暮れ冬は、つとめて(早朝) 「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」とパステルで描いた絵のような色使い。 道元が鎌倉時代に「春は花 夏ほととぎ […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の24》

長徳2(996)年2月に清少納言は藤原斉信(ただのぶ)の来訪を受けた。斉信の祖父は藤原師輔で、伯父の子らが藤原道隆や道長となる。 斉信は、当初は道隆の中関白家にした親しく出入りしていたとされるが、道隆が薨去すると道長に接 […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の14》

上の御前の、柱によりかからせ給ひて、すこし眠らせ給ふを、「かれ見奉らせ給へ。今は明けぬるに、かう大殿籠るべきかは。」と申させ給へば、「げに。」など宮の御前にも笑ひ聞こえさせ給ふも知らせ給はぬほどに、長女が童の、鶏を捕らへ […]

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荘子
荘子を考える:斉物論《其の13》

適得而幾矣:適得にして幾(つ)(尽)くす 自己の本分をとげて自己の生を楽しむこと。荘子の結論。 「得」に「適」すこと。自己が得ているもの、つまり、持ち前に適う生き方をするのが、人として生まれた真価である。 「持ち前」とい […]

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枕草子
「枕草子」が描いた世界《其の18》

藤原定子の父である藤原道隆は大酒のみであった。「大鏡」には、下賀茂神社で2升くらいの酒を飲み、牛車の中で寝ているうちに上賀茂神社に着くと、酒に酔っている風にも見えなくしゃっきとしていたというような記述もある。 淑景舎とは […]

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