「枕草子」が描いた世界《其の24》
長徳2(996)年2月に清少納言は藤原斉信(ただのぶ)の来訪を受けた。斉信の祖父は藤原師輔で、伯父の子らが藤原道隆や道長となる。 斉信は、当初は道隆の中関白家にした親しく出入りしていたとされるが、道隆が薨去すると道長に接 […]
「枕草子」が描いた世界《其の10》
207段は「笛は横笛、いみじうをかし」で始まる。 遠くから聞こえて、だんだん近づいてくるのもいいし「近かりつるが、遥かになりて、いとほのかに聞ゆるも、いとをかし」とし、懐に携えていつでも吹けるようにしているようなしゃれた […]
「枕草子」が描いた世界《其の03》
藤原定子の兄の伊周(これちか)が内大臣の時に、紙の束を伊周が妹の定子に献上した。当時の紙は非常に高価なモノであり、同時に伊周は一条天皇にも紙の束を献上していた。 天皇は「史記」を書き写すことにしたと聞いて定子は醍醐天皇が […]
荘子を考える:斉物論《其の08》
喜怒哀樂:喜怒哀楽あり 慮嘆變慹:慮嘆変慹(りょたんへんしゅう)あり 姚佚啟態:姚佚啓態(ようたいけいたい)あり 樂出虛:楽は虚より出で 蒸成菌:蒸は菌を成すがごとく 慮嘆変慹(りょたんへんしゅう)慮(おそ)れまた嘆(な […]
藤原登場 その前に《1》
鎌足の名が歴史に残るのは645年の「大化の改新」である。厳密にいうと「乙巳(いっし、おっし)の変」というクーデターで大王皇極の眼前で蘇我入鹿を暗殺、蘇我蝦夷が自害することで権力の構造が変わる。 ストーリーとしては蘇我入鹿 […]
「枕草子」が描いた世界《其の16》
五月ばかりなどに山里にありく、いとをかし。草葉も水もいと青く見えわたりたるに、上はつれなくて草生ひ茂りたるを、ながながとたたざまに行けば、下はえならざりける水の、深くはあらねど、人などのあゆむに走り上がりたる、いとをかし […]
「枕草子」が描いた世界《其の18》
藤原定子の父である藤原道隆は大酒のみであった。「大鏡」には、下賀茂神社で2升くらいの酒を飲み、牛車の中で寝ているうちに上賀茂神社に着くと、酒に酔っている風にも見えなくしゃっきとしていたというような記述もある。 淑景舎とは […]
「枕草子」が描いた世界《其の08》
「清少納言集」というのがあって、自らが書いたものではなく鎌倉中期に成立したとされているようです。和歌が31首あるものと42首あるものがあって、いずれも宮内庁が所有している。 和歌も清少納言が詠んだかは不明で、確かに、いく […]